本当にしたい生き方

「勉強して出世して、年収を上げて・・・。」
10代後半~20代前半頃は、そういう生き方がかっこいいと思っていた。
しかしこれはただの「欲の塊」で、醜いだけであることに気付いた。

「起業して世の中を変える。」「書籍を出版して世の中に何かを残す。」
20代後半の頃から、こんな生き方がかっこいいと思っていた。
しかし、こういった考えの根底にあるのは「世間から評価されたい。」、「何か実績を残したい。」そういった自己顕示欲である。

一度しかない人生、「本当にこれでいいのだろうか」と疑問に思った。
「どうみられるか」より、「どうしたいか」で生きた方が楽しいのは間違いない。

「どんな人生を送りたいのか?」は人それぞれである。
他人の生き方で、「かっこいい」「ああなりたい」「あんな人生を送ってみたい」とおもったら、それが自分の理想の生き方だろう。

そう思った人を列挙してみる。

1.ある僧侶
筑紫哲也さんがやっていたころのNEWS23で、ある僧侶を取材していた。その僧侶はお金が原因で兄を亡くした。そのときから僧侶は「俺は一生貧乏で生きていく。」と決意し、檀家から戒名料も葬儀料もとらず、昼間は建築現場で日雇いのバイトをしていた。

2.映画カサブランカで、ハンフリー・ボガートが演じるリック
リックの惚れた女性(イルザ)は、ナチスと闘う夫から離れ、リックと共に生きていこうとした。しかし、リックはイルザをナチスと闘う夫の下に留める。リックはこういう。「イルザ、この狂った時代に、3人のちっぽけな問題なんか、これっぽっちの値打ちもない。いつか分かってもらえるだろう。泣くな。君の瞳に乾杯(Here’s looking at you, kid.)。」

3.吉田松陰
吉田松陰の言葉。
「僕は忠義をする積り。諸友は功行をなす積り。」
(僕は社会に対して真心で仕えるつもりである。諸君は(世間に評価されるため)功績を上げようとしているだけである。)

「成功するせぬは、もとより問うところではない。それによって世から謗されようと褒められようと、自分に関することではない。自分は志を持つ。志士の尊ぶところは何であろう。心を高く清らかにそびえさせて、自ら成すことではないか。」

他にもかっこいい人達はたくさんいる。究極はブッダやイエスキリストなのだろう。
自分もそうなりたいのだが、年収を上げたいし、高級車にも乗ってみたい。家庭を持ちたいとも思ってしまう。煩悩をすべて捨て去る事などてきそうもない。だから、そこまでたどり着く気が全くしない。

このままいくと「中途半端な、少し変なジジイ」で終わる気配が濃厚である。

開き直る方法

独身
低収入
健康不安
親の介護
転職
人間関係
精神崩壊

そんな不安を抱えてる方は多いだろう。
頼んでないのに、これらが何点かセットでついてくる場合も多い。
フルセットの人もいるかもしれない。

開き直れたら楽である。
しかし、どうやったら開き直れるのだろうか。

こう考えるとよいだろう。
たいした人生ではない。
しかも人生は短い。
悩むくらいならおもいっきり楽しんでやる。

実は、うまくいってない人ほど、開き直りやすい環境にある。
ニューハーフの方々に底抜けに明るい人が多いのは、どん底を経験して、開きなおっているからである。

開き直ると楽しい人になる。
周りに似たような人がよってくる。
さらにハッピーになれる。

イケメソになりたいか?

久々にフォトショップを使ってみた。
26615.png
フォトショップ


2016112801.jpg
これが


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こうなった。

このソフト作ったひとすごいよね。

温泉

最近肩こりが悪化し、頭が若干しびれるようになっていた。
不安なのでネットで調べたが、脳梗塞とかではないようである。
どうもパソコンしすぎのようである。

リラックスするため日帰り温泉へ行く。
2日連続で温泉にいく。

泡風呂に入る。
ブクブクブク出るやつ。
浸かっている間のイメージとしてはこんな感じ
2016112401.jpg
ドラゴンボールc集英社 

高度文明が俺をいやしている。
幸せな気分になりたかったら、脳内イメージを作ることが大切である。

だいぶ回復した。
温泉は心も癒してくれる。
昼間から温泉に浸かれるなんて幸せなのだろうかと。

昔サラリーマン川柳にこんなのがあった。
「このオレに あたたかいのは 便座だけ」

これだけで家庭や会社でおかれた立場が想像できるとことが秀逸である。
彼は温泉にすらいけない環境なのかもしれない。
山梨は温泉がたくさんあり、500円前後でのんびりできるのは幸せな環境である。

死期と生き方

葉隠の一節
「武士道とは死ぬことと見つけたり」


無鉄砲に生きるわけではない。
生死を越えた生き方をして、初めて生が輝く。

ジョブズのスピーチ
「『その日1日を人生最後の日だと思って過ごせ』という言葉に出会いました。その言葉は深く印象に残り、それからの33年間、毎朝鏡を見て自分自身に問いかけました。「もし今日が人生最後の日だったとしたら、今日しようとしていることを私はしたいだろうかと。


何事も言うのは簡単だが、行うのは難しい。
実際に今日死ぬわけではないのて、リアリティがないし、第一現実にはやりたくないこともやらなければならない。

残りの期間がどのくらいかで生き方は変わってくる。
長すぎると各種やる気がでないし、短すぎるとおかしな意思決定をして生活に支障がでる。

30年後に死ぬなら
実際死んでいる気がする。

10年後に死ぬなら
とりあえずもっと真剣に生きようと思う。

5年後に死ぬなら
いまのうちに親孝行しておこう。ダイエットはしないだろう。

1年後に死ぬなら
やりたい仕事だけしよう。この世に何か残したい。

1ヶ月後に死ぬなら
人と本音で語り合いたい。

一週間後に死ぬなら
ビール飲みまくる。

明日死ぬなら
ビール飲みまくる。

一時間後に死ぬなら
お別れの挨拶をしないと。最後にビールを飲むと思う。


10年後に死ぬとおもうと、バランスがよいのではないかと思う。
ただ、健康に気を付けそうもない。

書いていて気付いたが、使い分ければよいのではないだろうか。
スキルアップや健康に関しては30年後に死ぬと考え、長期的視点をもち、
仕事に関しては1年後に死ぬと考え、急いでこなし、
人と接するときは1ヶ月後に死ぬと考え、本音で語り合い、
ビールを飲むときは明日死ぬと考え、じっくり味わう。

とはいえ高齢でない限り、中々死ぬイメージはできないだろう。
この点、体調を大きく崩したときはチャンスである。
「もう死ぬ。あと1年位で死ぬ。」とか思い込みやすい。
思い込めれば残りの短い人生を有意義に過ごしたいと思ってくる。

いずれにせよ、他人を憎んでばかりいたり、下らないテレビ番組を見てる時間などは全くないだろう。うまいものを食べて語ったり、一生懸命仕事したり、何かを残したり、腹の底から笑ったり、知りたいことを学んだり。残りの人生はやりたいことだらけで忙しい。

運命の支配者

20161031.JPG
ポトス

丈夫な観葉植物である。買ってから5~6年は経っているが、いつも元気である。

茎が伸びると切っている。
今回も何本か切った。
使い道がないからゴミ袋に捨てた。

何日かたったが、ゴミ袋の中で青々と生きていた。
青々と生きているものをこのまま廃棄は引っかかる。

とりあえず割れたコップに入れた水につけてみることにした。
2016103108.JPG
割れたコップに捨てた茎。

ネットで調べて、「メネデール」という栄養剤を加える。
大半は根が良く伸びてきた。

鉢に移し替えてみた。
2016103105.JPG
再生成功。
うれしい。

しかし、一部はダメ。
2016103102.JPG
上の方は根が出てきたが、下の方はへたれている。
「メネデール」を投与してもだめ。

すてようかとおもったが、温情でチャンスを与えてやる。
「俺はどっちでもいいんだ。」
「生きたいならお前自身の力でなんとかしてみろよ。」と。

2~3週間水につけてもだめ。
徐々にへたってくる。
「生きる意志がないなら死ね。」
「チャンスは与えた。」
そろそろ捨てようとおもった。

そんな折、またコップを割ってしまい、
2016103103.JPG
ふと、これを使おうとおもった。

切って漬けてみた。
2016103107.JPG
切ったら一晩で復活した。
恐らく水を吸い取る部分がなかったのだろう。

人生も同じではないだろうか。
人生には大きな流れが2つある。
一つはとても強大で、どうにもならない大きな「運命」の流れ。
もう一つは運命に抗い、時には利用し、幸せになろうとする「意志」の流れ。

強い意志がある者は、環境次第で勝手に伸びる。
今の時代は自分で大半の環境を作り出せる。
と、自分に言い聞かせた。

再びハーフマラソン4

足が痛い。
ズキズキする。
歩いたほうが早いくらい遅くなる。

タイムはあきらめた。
せめて、遅くてもいいから止まらないようにはしたい。
「あそこまでは止まらないで走ろう。」
「そこをクリアしたら、またあそこまで。」
その繰り返し。

GOALが近づいてくる。
フルマラソンだと折り返しですらない。
あと20数km走れと言われたら、リタイアしている。
GOALが近いから無理ができる。
遠すぎるGOALを設定するなら、その中間GOALを設定することも大事だろう。

「ほら、あと少しだよ。」
「がんばれ、がんばれ!」
すでにGOALした人が声をかけてくれる。
別口燃料タンクを使った負い目もあり、やはり申し訳ない気分になる。

短い距離なのに、長い時間が過ぎる。調子に乗ったツケがやって来た。
フラフラになりながら、今回もなんとかGOALする。
大失速だが、やりきった事は事実だ。
「こんなんだが俺はやりきった。俺なりに頑張った。俺は口だけ野郎じゃない!」

完走証、弁当とお土産にワインをもらう。三つとも嬉しい。
メイン会場で休む。弁当が旨い。
どこのマラソン会場も、ゴミはほとんど落ちていない。ランナーの大半は自己管理ができている。ゴミをやたら捨てるようなレベルの人はいない。
自分が疲れているのに、立ってほかのランナーに声援をおくる人までいるのだ。
自分にそんな余裕はない。
人に優しさを与えるには、自分が強くなければならない。来年は彼らのようになりたいが、なれるだろうか。

さて、受講者の皆さまにメッセージがある。今年も偉そうに言わせてもらう。

「他人にどういわれようと、自分なりの目標でいいと思います。遅くてもいいと思います。何回挑戦してもいいと思います。大きな困難があっても乗り越え、ご自身が納得されるまで努力を一緒にやり遂げていきたいと心から思います。一緒に走りましょう!」

GOOD LUCK!

再びハーフマラソン3

昨年に比べあまり不安がない。
ハーフマラソンにも慣れたのだろう。

だんだん快適になる。
調子に乗ってスピードを出す。
恐竜はとっくに追い越した。
さらに次々にランナーを追い越す。

順位はいい。
他人との比較はどうでもいい。
自分がどうしたいかだ。
気になるのはタイムだ。
このままいけば2時間は余裕で切れるだろう。
人生同様、自分が納得するために、このまま突っ走る。

マラソンは人生と同じだ。
他人との競争をするなら、他人が気になる。
他人と競争しないなら、自分との闘いになる。
歩くのも自由。
辞めるのも自由。
走るのも自由。
自分が納得できる分走るだけだ。

タイムを上げたい。
さらにペースを上げる。

これがよくなかった。
素人が陥りがちな失敗。
無理をしたため、さらに足が痛くなってきた。
明らかに遅くなる。
折りたたんだ恐竜を抱えた外人にも抜かれる。

苦しい。
足が痛い。
歩きたくなる。
しかし、一度走りを止めたらもう走れない気がした。
苦しいが走り続ける。
困った。

昨年つかった"技"を使うか。
別口燃料タンク。
いや、それでは成長がない。
しかし、苦しい。
止まりそうだ。
もう使うしかない。

「うおおおおお、前のおねえさん、その尻、俺が追いかける!」

昨年から根本的に何も変わっていない。
俺は1年間一体何をしていたのだろうか。
そろそろ40歳である。

沿道の方が声をかけてくれる。
「がんばってー。」
「ほら、あと少しだよー。」
邪心を利用してタイムを稼ごうとした行為が恥ずかしくなってきた。

足はどんどん重くなる。
終いには、歩いているのと変わらないくらい遅くなってしまった。

再びハーフマラソン2

スタートラインにつく。
最後の一人。

「どうせ一番後ろからスタートだ。フフフ人生と同じよ。」
「前にいて抜かれるより、後ろからスタートして抜き去った方がだのしいだろう。」
「そう、俺のこれからはごぼう抜きよ!」

しかし、まだ後ろがいた。
後から登場した、
最後の俺よりもさらに距離を置いた、
こんな格好していた兄ちゃん。
南アルプスの桃源郷マラソンハーフにもいた。。
2016102001.jpg

登場方法からして、明らかに意図的な一番後ろ。
最後尾譲る意思なしと推定された。
恰好からして、最後尾は俺よりも彼に優先権がある。
最後尾はあきらめ、適当に列に入る。
そんなかんだで今年もスタートした。

おっさんになってからの長距離は4回目の出場である。
心肺機能やスタミナは問題ない。
毎回問題になるのは足である。
毎回15kmくらいから足が痛くなる。
今回も小刻みに走り、足を節約することにした。

沿道の住民の方から声援を頂く。
「がんばれー」
「ほらーみんながんばってー。」
「上り坂はあと少しだよー。」
欺瞞でも興味本位でもない、真実の声援。
笑顔で手を振り、声援に応える。
特に子供には満面の作り笑顔で応えた。

「ほら、手を降ってごらん。答えてくれるよ。」
小学生の時、酔っぱらったおじさんが手を振っていたのは、名前を連呼するだけの、町会議員選挙カー。
その選挙カーに向かって手を振ると、「ありがとうございます!頑張ります。」と大音量のマイクで反応が来る。あれが楽しくておじさんと一緒に何度も手を振っていた。

沿道の子供たちは、あのときの俺とは違う。
健全に走るランナーを、真剣に生きている人間の姿を子供ながらに感じ、心から応援してくれているのだ。

老若男女問わず、沿道の皆さんも、ランナー皆に声をかけ応援してくれる。これがマラソン大会の良いところである。
皆、優しいなと思う。
人は優しさに触れて優しくなる。
今日も少し優しくなれるだろう。

つづく。

再びハーフマラソン

昨年同様、フルーツ公園のハーフマラソンに出場した。

練習がまったく足りていない。
毎回準備不足である。
言い訳はしないでおくとして、人生において準備が足りていた時などほとんどない。
それは皆一緒だろう。

「私だって、今まで一度も”準備万端”だったことなどありません。」
ドリュー・ヒューストン⇒コチラ

走れない理由を考えると棄権しそうなので、今回も走ってから考えることにした。

朝、出発時間を1時間間違える。
一昨日は急傾斜の駐車場で車のマフラーを破損し、
昨日は寝起きにめがねを踏んづけて破損、
本日は1時間間違える。

不運だ。
いや、全部不注意だ。

高速で行く。
すでに交通規制で駐車場近辺に入れない。
適当に止める図太い神経は持っていない。
「帰ろう。」
「いやだめだ。」
「俺は強運を持っている。何とかなる。勝利の女神よ、俺を祝福しろ!」

勝利の女神に祝福され、なんとか迂回して駐車場までたどり着く。
スタートには間に合った。

問題がクリアされたら、また新しい問題が生まれる。
「こんな準備不足で完走できるのだろうか。」

人生も同じである。
悩みは尽きない。
ある悩みが解決されると、それで楽になると考える。
しかし、悩みが解決されても、次の悩みがやってくる。
永遠に悩みは解決されない。
だからその状態を「仮」とせず、その瞬間を楽しんで生きていけばよいと思う。

スタートラインにでかい恐竜がいる。
走るらしい。

アマゾンで売っているようである。
Cosgarden 恐竜 ティラノサウルス 空気充填 膨張式 衣装セット コスチューム 大人用
2016101801.jpg


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高校のマラソン練習時、デブがトップを走っていたことがあった。
皆、驚いていた。
第一コーナの壁を曲がったときデブは早くも失速していた。
皆が失笑した。しかし、同時に一目置かれるようになった。
「俺はただのデブじゃない。」
あのデブは一応自分なりの“見せ場”を作ったのだ。

さてこの恐竜、5kmや10kmならまだしも、コスプレランナーがほとんどいないハーフでこの格好は根性がある。
「見せ場をつくりたいお前の気持ちはわかる。普段は影にいるのだろう。」
「しかしいいか、少しは真剣に走れよ。」
「お前の遊び、どこまで本気か確かめてやるぜ。」

まさかとは思ったが、恐竜より後にゴールする事は避けたいと思った。

つづく。
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